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【稀勢の里】身長・体重・年齢に優勝回数は?白鵬・日馬富士・鶴竜と比較した

平成29年初場所。千秋楽で大関・稀勢の里が横綱・白鵬を破り、横綱昇進を決めました。

3代目若乃花以来、19年ぶりの日本人横綱誕生に日本中の大相撲ファンが熱狂しています。

とは言え、稀勢の里の他にはモンゴル人の強力な横綱が3人。

稀勢の里は優勝を重ねることができるのでしょうか?

4横綱の身長、体重、年齢、優勝回数を比較してみました。

 


出典:http://www.sumo.or.jp/ResultRikishiData/profile?id=2445




稀勢の里の身長と体重は?モンゴル人3横綱と比較

まず、気になるのは体格です。稀勢の里の身長と体重をモンゴル出身の3横綱と比べてみました。

白鵬   身長 192.0cm 体重 156.0kg

日馬富士 身長 186.0cm   体重 137.0kg

鶴竜   身長 186.0cm 体重 156.0kg

稀勢の里 身長 187.0cm 体重 175.0kg

参照:日本相撲協会公式サイト

全く体格負けしていませんね。

身長は、白鵬よりは5cm低いものの、日馬富士、鶴竜より1cm高いです。

体重においては、白鵬、鶴竜より19kg重く、日馬富士より38kgも重いです。

これだけ恵まれた体格をしているなら、もっと早く横綱になれたんじゃないかと思ってしまいますが、当然相撲もフィジカルだけの勝負ではないということですね。

ほとんど変わらない体格なら僅かな技術の差やメンタルが物を言う世界なのでしょう。

ですが、もしかしたらモンゴルの3横綱より稀勢の里のほうが年齢がかなり若く、初土俵も遅かったのではと思い、それについても調べてみました。

稀勢の里が若ければ、横綱として優勝回数を伸ばす可能性が高くなりますしね。

 

稀勢の里の年齢は?モンゴル人3横綱と比較

4人の年齢は私の予想(期待)通りとはいきませんでした。

なんと、ほぼ同世代。

白鵬   昭和60年3月11日生まれ(31歳)

日馬富士 昭和59年4月14日生まれ(32歳)

鶴竜   昭和60年8月10日生まれ(31歳)

稀勢の里 昭和61年7月3日生まれ  (30歳)

参照:日本相撲協会公式サイト

※年齢は記事投稿時(2017年2月)のものです。

日馬富士が一番年上ですが、学年でいうと早生まれの白鵬と同じ。モンゴルで早生まれという考え方があるのか分かりませんが、日本なら同学年ですね。

その一個下が鶴竜。次が稀勢の里という年齢順です。

一歳でも若いのが望みです。

ちなみに初土俵と当時の年齢はというと、

白鵬   平成13年3月場所(16歳)

日馬富士 平成13年1月場所(16歳)

鶴竜   平成13年1月場所(15歳)

稀勢の里 平成14年3月場所(15歳)

参照:日本相撲協会公式サイト

これもほとんど変わりません。

4人の横綱は皆、高校進学という退路を断って相撲に人生を賭けたわけですね。

15、6歳でそんな大きな決断をしていたとは。

モンゴル出身の3横綱は言葉の通じない日本に10代半ばで来日。

よくモンゴル人力士はハングリー精神が違うとか言われますが、白鵬の父親はモンゴル相撲の横綱の上、メキシコ五輪のレスリング銀メダリストで国民的英雄。

日馬富士の父親は警官でモンゴル相撲の日本でいう関脇。

鶴竜は大学教授一家の生まれと割とモンゴルでは裕福でNHKの相撲中継を見られる環境で育ったことから大相撲に憧れを持ったようですね。

稀勢の里はというと、小さな頃から相撲観戦は好きでしたが、野球の才能もあったようで中3の時には名門校・常総学院からスカウトされたほどでした。

それを断った理由がいかにも稀勢の里らしいんです。

「自分はでかいだけ。野球はうまくない」

まっすぐですね。絶対相撲道に進もうと心に決めていたのでしょうね。

当時、自宅のある茨城県龍ケ崎市から一番近いという理由で、自転車を漕いで鳴戸部屋の門を叩きました。

ご両親や中学の先生は反対だったそうです。

私の推測ですが、モンゴル人の3横綱は反対を押し切ってきた訳ではないと思います。

その点、稀勢の里は野球の名門校の勧誘を断り、両親の反対があっても自分の進みたい道を貫き通したのですから、ハングリー精神の塊だと思います。

 

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幕内での優勝回数を比較

最後に幕内での優勝回数を比較してみます。

※カッコ内は横綱昇進後の優勝回数です。

白鵬    37回(34回)

日馬富士   8回( 4回)

鶴竜     3回( 2回)

稀勢の里   1回( 0回)

参照:日本相撲協会公式サイト

白鵬の優勝回数は言わずと知れた史上最多の偉業ですね。

白鵬と日馬富士は、「2場所連続優勝」という条件を満たしての横綱昇進でした。

日馬富士は8回も優勝していたんですね。割とびっくりです。

鶴竜は準優勝と優勝1回で横綱に昇進。

これは、協会が稀勢の里を横綱にしたいがために条件を緩和したようなもので、鶴竜にとっては追い風だったんですね。

それでも、横綱として2度優勝していますので役目は果たしていると思います。

稀勢の里には、横綱としての初場所(3月場所)でも優勝して連覇する力があることをぜひ証明して欲しいです。

平成6年初場所の貴乃花のように横綱デビュー場所での優勝を期待しています。

 

稀勢の里は真の横綱になれるのか?

稀勢の里には、横綱としての実力に疑問符をつける人もいるかと思います。

ここで勝てばという場面で負けるメンタルの脆さ、格下の取りこぼし。優勝したとは言え、先場所は鶴竜、日馬富士、豪栄道が途中休場。

これらを挙げて、横綱昇進は時期尚早と唱える人がいたのも事実です。

しかし、私の考えはまったく反対ですね。

稀勢の里は横綱として十分通用すると考えています。

ここで勝てばというのは、そもそも強いからこそ、そういう場面になるんです。

取りこぼしもそう。強いから格下も多いわけです。格下に絶対負けない力士はいません。

先場所は、横綱さえ休場した中、よく場所を支え横綱以上に安定していました。

昨年の年間最多勝利は伊達じゃないですね。

また、「地位が人を作る」と言うように、稀勢の里は横綱の地位を得て、自信を深めていくタイプだと思います。

その理由は、鶴竜が横綱になった時、「(自分も)なりたいよね。」「発言力が出てくるしね」と自己満足ではなく、相撲界を良くするために横綱の地位を得たいという思いを述べていたからです。

 

まとめ

第72代横綱・稀勢の里。

身長187cm。体重175kg。

生年月日は昭和61年7月3日生まれの30歳。

初土俵は平成14年3月場所。当時15歳でした。

19年ぶりの日本人横綱誕生とあって稀勢の里フィーバーがおさまりません。

稀勢の里関にはプレッシャーを跳ね返して名横綱になって欲しいですね。

 

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