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豊川雄太プロフィール!身長体重から性格、出身校やプレースタイルまで

2016年、鹿島アントラーズからJ2のファジアーノ岡山にレンタル移籍した豊川雄太選手。

1月に行われたAFC U-23選手権では、準々決勝のイラク戦で決勝ゴールを決めるなど勝負強いアタッカーとしてリオ五輪出場に大きく貢献しました。

イラク戦で負ければ終わりでしたので、豊川選手のインパクトは大きかったですね。

それだけに、リオ五輪の最終メンバーから外れたのは残念でした。

その結果に、「思うところはあった」という豊川選手。

それでも決して落胆することなく、2年後のロシアW杯へと前を向いています。

今回は、そんな豊川雄太選手について詳しく調べてみました。

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出典:http://www.fagiano-okayama.com/club/top_team_current.html

 

プロフィール

豊川選手は、1994年9月9日生まれ、

熊本県熊本市の出身です。

身長173センチ、体重62キロ、

血液型はB型。

2013年、サッカーの強豪校、大津高校からJ1の鹿島アントラーズに入団。

2016年、出場機会を求めてJ2のファジアーノ岡山に1年間のレンタル移籍。

ポジションはフォワード。

背番号は30。

8月14日時点で、24試合5ゴール、2アシストの活躍を見せています。

 

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性格は?

 

豊川選手の性格について、高校3年間一緒だった植田直通選手がコメントしています。

鹿島アントラーズ入団内定後のインタビュー(一部抜粋)がこちらです。
Tは豊川雄太選手 Uは植田直通選手)

T 植田はこう見えて、めちゃくちゃシャイボーイなんですよ。仲良くなるまでに、かなり時間が掛かる。

U 激しい人見知り(笑)。

T でも、実はとっても面白いヤツなんですけどね。

U 逆に豊川はムードメーカー的存在で、活気がない時はいつも励まし、チームを元気にしてくれるんですよ。

引用:【高校選手権・注目校インタビュー】植田直通×豊川雄太(熊本県立大津高校)「目標は全国制覇!」| SOCCER KING

 

豊川選手が植田選手についてコメントしてる方がちょっと多かったですね(笑)

まさに陽気なムードメーカーという感じですね。インタビューからも伝わってきます。

 

プレースタイルについて

 

豊川選手は攻撃的なポジションでのプレーが得意な選手です。

トップ下でのプレーが一番得意ですが、鹿島では主に左サイドハーフ、岡山ではセンターフォワードなどをこなします。

ドリブルで仕掛けることもでき、ボールオフの動きも良く、パスを引き出せる。

また、キックの精度が高いのでセットプレーのキッカーもできます。

技術、スピード、ゴール前でのアイデア、アグレッシブさなどプレーアベレージが高い非常に洗練されたスタイルの選手です。

 

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プロ入り前

出身中学は?

豊川選手が通っていた中学は熊本市立長嶺中学校です。

サッカーが盛んな学校だったようで2009年に全国大会に出場。

残念ながら1回戦で和歌山市立紀乃川中学校に0ー1で敗れています。

長嶺中は多くのプロサッカー選手を輩出していて、

現役では、川崎フロンターレの車屋伸太郎選手、同じく谷口彰悟選手。そして、元選手では原口拓さんや宮崎大志郎さんがいます。

豊川選手は、FCKマリーゴールドというサッカーチームに所属していて、

中学3年間、熊本県選抜のエースストライカーを張っていました。

当時から熊本では有名な選手だったそうです。

 

出身高校は?

豊川選手の出身高校は熊本県立大津高校

インターハイ準優勝1回、全国屈指の強豪校です。

こちらも多くのプロサッカー選手を輩出しています。

先ほど挙げた車屋選手や谷口選手のほか、2006年のドイツW杯代表の巻誠一郎さんや土肥洋一さんなど40名以上!

公立校ながらこの人数はすさまじいですね。

ちなみにギャグ漫画家の、うすた京介さんも同校出身。ロアッソ熊本のファンだそうです。

中学時代、県選抜のエースストライカーだった豊川選手は入部当初から監督の目にとまります。

ボールに対する嗅覚が鋭く、シュート力がずば抜けている。そのストロングポイントを生かすため、

ポジションはフォワードからトップ下にコンバート。

セカンドストライカーとしての動きを叩き込まれました。

ちなみにですが、背番号は高2から10番をつけていました。

その結果、2012年にプリンスリーグ九州の得点王に輝くなど才能を開花させます。

 

鹿島アントラーズに入団

 

2013年、鹿島アントラーズに入団。

高校卒業後は大学でサッカーを続けるつもりの豊川選手でしたが、『記念』で鹿島の練習に参加。

そこで、当時のトニーニョ監督に惚れられ鹿島入りを決意します。

『記念』でってノリが豊川選手らしいですね。でも、それがよかったのかも知れません。

気負ってガチガチになるより、楽しみながらのびのびとプレーしたほうが躍動感とか本来の実力が出ると思います。

私の推測ですがトニーニョ監督はそこに可能性を感じたのかもですね。

2年目の2014年は開幕戦から先発メンバー入りを果たし、リーグ戦17試合に出場して2得点。

2015年は怪我の影響やカイオ選手の台頭もあってか調子を落としてしまいます。

出場機会は激減し、リーグ戦6試合にとどまります。

プロ入り後、順風満帆にきた反動みたいなものでしょうか?

モチベーションを落としたままの状態が続き、豊川選手は苦しみます。

 

J2ファジアーノ岡山にレンタル移籍で活躍!

 

そんな現状を打破しようと豊川選手はレンタル移籍を志願します。

移籍先はJ2のファジアーノ岡山。豊川選手にとって必要な出場機会が得られますし、岡山にとって得点力のある豊川選手はJ1昇格の切り札となります。

加入時のコメントにやる気がみなぎっています。

 

ファジアーノ岡山に加入できたことを大変光栄に感じています。J1昇格というクラブとしての目標に貢献すべく、チームの一員として覚悟をもって戦いたいと思います。

来シーズンは、自分のサッカー人生を大きく左右する重要な一年になると考えています。21歳という年齢は、サッカー選手として決して若くはありません。結果が求められてしかるべき年齢なので、2桁ゴールを最低ラインとして、チームのために貪欲に戦います。

引用:豊川雄太選手 期限付き移籍加入のお知らせ

 

自分を追い込んでますね〜。

実際、J2の前半戦でチーム2位タイの4得点を挙げるなど結果を出しているからスゴいです。

まさに有言実行ですね。容易にできることじゃないです。

チームも前半戦を4位で折り返していますので、昇格プレーオフ圏内です。

 

 

まとめ

 

中学、高校とズバ抜けたサッカーセンスを発揮してきた豊川選手。

プロ入り後もすぐに結果を出し、順調でしたが怪我や他の選手の台頭がありスランプ気味に。

心機一転を図り、ファジアーノ岡山に移籍すると、本来の力を取り戻します。

U-23代表としてもリオ五輪出場に大きく貢献。

最終メンバーからは惜しくも外れていましたが、前向きな豊川選手は2018年のロシアW杯へと新たな野望に燃えています。

2012年のロンドン五輪メンバーに落選しても、2014年のブラジルW杯に出場した大迫勇也選手(ケルン)のように、悔しさをバネにして、いっそう成長して欲しいですね。

 

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