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植田直通の身長体重プロフィール!イケメンで男前な熊本男児

イケメンというより男前

プレースタイル、ルックス、そして性格も「イケメンというより男前」

それが『植田直通(うえだなおみち)』選手に対する私の勝手なイメージです。

今回は、鹿島アントラーズのDFでU-23日本代表としてリオ五輪でも活躍した植田直通選手について調べてみました。

 

出典:http://www.so-net.ne.jp/antlers/clubs/23.html

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植田直通のプロフィール

 

名 前:植田 直通(うえだ なおみち)

出身地:熊本県

誕生日:1994年10月24日

身 長:186センチ

体 重: 77キロ

在籍チーム:鹿島アントラーズ

ポジション:DF(センターバック)

背番号: 23

利き足: 右

出身校:住吉中→大津高校(熊本県)

 

小・中学生時代

「この人絶対ケンカ強いだろうな・・・」

植田選手の鋭い眼光とゴッツいガタイを見た時、思わずそう言っていました。

それもそのはず、小学生から始めたテコンドーでは、

小学3年生の時に全国3位、中学時代には日本一、

更にはなんと、世界大会にも出場したほどの格闘センスの持ち主です。

テコンドーは、ネリチョギ(かかと落とし)、ティミョティチャギ(飛後ろ蹴り)など蹴り技が多彩。

足技をよく使うことが結果的にサッカーにプラスになったのかも。

また、闘志あふれる植田選手のプレースタイルは格闘技経験がベースとなっているのかも知れませんね。

 

下はテコンドーの試合画像です(植田選手ではありません)

出典:https://www.google.co.jp/search?q=テコンドー&biw

 

サッカーを始めたのも小学生の頃。小学3年の時に友達の誘いで「緑川少年サッカークラブ」に入門します。(中学生まではテコンドーとかけ持ちでやっていました。)

 

意外なのが下のエピソード。

「実は小学生高学年から宇土市のトレセンには入っていたんです。その流れで県トレの選考会に行くことになった。市選抜同士の対抗戦を先生たちが見る形式で、なぜか下手な自分が選ばれたんです。

その頃の自分はゲームがメチャメチャ好きで『県トレに受かったらプレステ3を買ってもらう』という約束を親としていました。だから、受かった帰り道に買いに行ったくらい。正直、県トレよりプレステ3のほうが大事だったんですよね」と本人は苦笑いする。

引用:http://www.footballchannel.jp/2016/01/19/post133096/

2016年01月19日(Tue)10時16分配信
text by 元川悦子

 

プレステがサッカーのモチベーションだったとは(笑)

植田選手にもそんなかわいらしい時代があったんですね。

それでも、めきめきと頭角をあらわしていくからすごい!

中学2年で地区から県のトレセンに合格。中学3年になって県トレセンのセレクト20(優秀選手20人)に選出。

その頃から本気でサッカー選手になることを考えはじめます。

※トレセン(トレーニングセンター制度)とは、サッカーが上手な子を推薦や選考会によって選び「個」の力のレベルアップを図る育成システム。

 

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大津高校時代

高校は「どうせやるなら、全国やプロを目指せる環境で挑戦したい」という思いから、地元の強豪校「大津高校」に入学します。

OBには土肥洋一(東京ヴェルディGKコーチ)、巻誠一郎(ロアッソ熊本)、車屋伸太郎(フロンターレ川崎)、豊川雄太(ファジアーノ岡山)など有名選手が多数。

高校1年から非凡な身体能力をかわれFWとしてスタメン入り。

その年の県大会準決勝で敗れた直後、「今日からセンターバックをやれ」と平岡監督からDFへの転向を命じられます。

転向後、わずか1か月でU-16日本代表に抜擢され新潟国際ユース大会に初参戦。

植田選手の適性を見抜いた監督の眼力はすごいですね。

その後は、

2011年、U-17 ワールドカップ・ベスト8

2012年、U-19 SBSカップ国際ユースサッカー優勝

などDFとして各年代の代表に選出されています。

当然、プレステがモチベーションだった頃の植田選手とは意識がぜんぜん違っています。

U-19代表候補になった高校3年時のインタビュー(一部抜粋)がこちらです。

―現時点での目標は
「プロになってその後、世界で通用する選手になりたいです」

―現在、同じ世代のCBは代表でもライバルが多いが
「自分は相当な負けず嫌い。1コ上とか関係なしに自分が日本一のセンターバックになるという夢もあるので、絶対に負けたくないですね」
―参考にしている選手は
「好きな選手はプジョルです。(闘争心の出し方も)大好きです。自分は試合中に血を流すというのが自分の目標でもあるので(苦笑)、本当に凄いと思う。(プジョルは)ビビらないので、そういう気持ちを大切にしていきたいです」

―カンナバロや他の選手は
「好きじゃないです。プジョルだけです。(日本のプジョルと言われるように?)そうです。もっとゴツくならないといけない」

(取材・文 吉田太郎)

引用:http://web.gekisaka.jp/news/detail/?97894-98156-fl

 

目標は世界!そして試合中に流血すること(笑)

高校生らしいと言えばそうなんですが、プジョルが競り合いで額を切って流血しながらも試合を続行した姿に憧れを抱いたのでしょう。

カンナバロもかなり熱く激しいイメージがありますが、植田選手の理想ではないんですね。やっぱりゴツさでしょうか?体格ならカンナバロより植田選手の方がデカイですからね。

 

「岩壁」「FCバルセロナの心臓」と呼ばれたカルレス・プジョル

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/

 

鹿島アントラーズに入団

2013年、高校卒業後は浦和レッズや横浜F・マリノス、FC東京など約10クラブのオファーの中から鹿島アントラーズに入団。

鹿島を選んだ理由は「雰囲気がファミリーに近いから」というものでした。

 

出典:http://www.jleague.jp

 

入団会見でのコメントがすごい!

誰もが緊張するであろう入団会見で、植田が大物ぶりを発揮した。「自分を動物に例えるとワニ。ワニは水中に獲物を引きずり込んで仕留める。自分も空中戦や1対1とか、得意な部分に持っていって仕留めたい」と独特の表現でプレースタイルを説明。

引用:http://www.footballchannel.jp/2016/01/19/post133096/4/

 

新人がなかなか言えないことですよね。この強気な発言は、今まで大学生にもプロにさえも当たり負けしたことがないと言う自信からくるのでしょうか。

それにしても植田選手は、プジョルとかワニとか理想の状態をイメージするのが上手いですね。何か潜在意識に働きかける成功の習慣みたいなものを身に付けているのでしょうね。

その後、ナビスコ杯でプロ初出場。翌年、2014年3月にはJリーグ初出場を果たしています。

着実に実力をつけていった植田選手は、

2016年1stステージ優勝の原動力となるまでに成長しています。

 

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故郷 熊本の震災

 

2016年4月14日、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード6.5、最大震度7の地震が発生しました。

植田選手の出身地、宇土市も16日の本震では震度6強の揺れに見舞われ市役所は半壊状態に。

その日、植田選手はJ1の試合に出場しました。

植田直通選手(21)は16日、BMWスタジアム(神奈川県平塚市)であった湘南戦直後のインタビューで、思わず泣き出し、顔を覆った。

「テレビで地震のニュースを見ている。亡くなった方がたくさんいて本当につらい」。ゆっくりと話し、涙があふれた。

引用:http://www.asahi.com/articles/ASJ4J6TCHJ4JUTQP03Y.html

 

幸いご家族は無事でしたが、それでも今後の避難生活や被災した故郷を思うと居ても立っても居られなかった植田選手は、

地震発生からわずか3日後の4月17日、クラブから許可を得て熊本に飛びます。

しかも、試合の翌日。オフも返上です。

18日には鹿島に戻らなけらばチーム練習に間に合いません。

そんな本業に支障が出るかも知れない過密スケジュールで、行ったとしても混乱する現地でどれだけのことができるか分からない状況で、とにかく行動を起こした植田選手。

始めは一人で行こうとしていたそうです。

フル出場した試合の翌日に、たった一人で支援物資を用意して茨城から熊本へとです。

ちなみに、その試合で植田選手はマンオブザマッチに選ばれています。

まさに鬼気迫るプレーでした。

そんな男を鹿島の選手たちは独りにしませんでした。

小笠原、西、鈴木、久保田、垣田の5選手が同行したのです。西選手も鈴木選手も前日の試合に出ています。

植田選手の故郷を思う気持ちと行動力が仲間を動かしたんですね。

 

まとめ

 

中学生までテコンドーとサッカーを並行でやっていた植田選手ですが、サッカーを選んだ理由は「仲間と一緒にやれるから。テコンドーは一人なので」とのこと。

鹿島アントラーズの入団は「雰囲気がファミリーに近いから」というものでした。

熊本地震の復興支援も単発ではなく「いつまででもサポートして行く」と明言しています。

誰よりも仲間を思う植田選手が、いずれ日本一のセンターバックになり世界に飛び出すのは間違い無いですね。

個人的には2018年ロシアW杯のピッチに立っている植田選手をぜひ見たいです。

 

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